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『ぼく、やっぱりお父さんと血がつながってるきがする』

日曜日の夕方、息子と近所の公園に行き、鬼ごっこをしたりポコペンをしたり鉄棒でグルグルと逆上がりをしたりアスレチックで遊んだり、涸れた小さな池を囲む石々を飛んだり跳ねたり、ひと休みしながら星を見上げて「あれはカペラかねぇ?」とか月齢の若い月を見て「にやって笑った月みたいだね」って言ったり、またブランコをこいだり綱渡りをしたり。
夕闇の中で短い時間ながら二人でたくさん遊んだ。
疲れ気味で昼すぎまで寝てた父親とあまり遊べずに不満そうだった息子も満足したようだ。

私はといえば、息子と遊びつつ息子の運動能力というか身体や神経の使い方とその向上を量ったり計ったり測ったりするのが好きなので、遊びつつもこんな事やあんな事ができるようになったかなぁとか、これ位はいけるかなぁとか試し、息子の現状を把握して満足した。

父子双方が満足したので「さて帰るか」って帰ろうとしたら、息子が何かに気がついたような顔をしてこう言う。

「ぼく、やっぱりお父さんと血がつながってるきがする!」

(ん?)

「いやあのね、つながってるのはしってるんだけど、でも、そーゆーきがする」

(ん? どうして?)

「だってさ、ぼくさ。お父さんができることはぜんぶ、同じようにできるんだもん!」

(同じようにってお前ね、そりゃぁ、お前ができる範囲ギリギリのことしか俺がやらせてないからだよ?)
 って言う代わりに「おぉ!そうか!」って答えてやったら、
 
「そうだよ! ぼく、お父さんと同じようにできるもん!」

って言う。

別に何のことはない、父親の手の平に乗っていることを知らない小学二年生の負けん気というか、勘違いの類いだ。
しかもその勘違いも甚だしく「やっぱりお父さんの子どもなんだ、ぼく!」って感じでニコニコしている。
どっからどう突っ込んだもんだか呆れたもんだが、何だか身体を動かしたせいか目からまで汗が出そうだったので、

「もうサザエさん始まってるから急いで帰るか!」
「うん」

なんつって帰ってきた。

帰る道すがらにハンデ付きの早足徒歩競争をして負けた父親をからかう息子をつかまえて「なんだとぉw このこのこのこのこのこのぉw」って突っついたりくすぐったりするついでに「(良い子に育ってきたな)」って頭を撫でてやった。

別にだからなんだっつー話だけど、子どもなんて損得考えずに作ってみりゃいいんじゃないかなって改めて思った。
息子が産まれた時にはほぼ無職みたいなもんだった俺でもそう思う。

しかし、息子を見て「血が繋がってるなぁ」って思うことはあっても、8歳の息子から「お父さんと血がつながってるきがする」って言われるとは思わなかったわ。人生ってゆーか、人の生って面白いもんだな。

ま、「頭で分かるだけじゃなくて身体で理解するのが大事だぞ」っていつも言ってるのがちょっとは分かってくれたのかもしれん。単に勘違いしてるだけかもしらんけど。

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— (via vmconverter)

(kotoripiyopiyoから)